新国立劇場の自省と再生を願う演劇人の声明

新国立劇場の自省と再生を願う演劇人の声明

 新国立劇場の演劇部門次期芸術監督の選考について、私たちは二度にわたって(2008年7月14日、7月22日)声明を発表し、その選定プロセスに疑問を投げかけてきました。新国立劇場運営財団は、守秘義務を理由に明確な回答を避けてきましたが、本年5月7日付で財団ウェブサイトに発表された「平成20年度第3回理事会における決定」という告知は、この問題を曖昧にしたまま幕引きをはかろうとする財団の姿勢を示すものとして見過ごすことはできません。
 告知によれば、今年3月24日に開かれた第3回理事会では、次期芸術監督の選考委員(演劇部門)でもある理事から「昨年5月の選考委員会は自由な議論の下に適正なプロセスで行われ、最終的に満場一致で次期芸術監督予定者を選出した」との報告がなされ、「同選考に関しては、今後理事会で再議しないことが圧倒的多数で確認されました」とのことですが、これは「鵜山仁現芸術監督に続投の意思がない」という事実に反する情報を執行部から提示された上での選考だったと複数の選考委員が証言したことに対しての反証とはなり得ていません。また、この理事会直後に小田島雄志理事が辞任を表明し、続いて永井愛理事が辞任届を送付したという異例の事態は、2 人の演劇関係理事の執行部・理事会への深い不信と失望を表すものだと考えます。

 芸術監督をどのような議論のもとに選ぶのかということは、新国立劇場がどのような未来を目指すのかという選択とも重なるはずです。「理事長・執行部の望む人を選ばせるために情報操作をしていいのか」「現芸術監督再任の可否について、芸術面での評価が示されず、『コミュニケーションがとりにくい』ことが理由とされていいのか」等々、私たちが声明や記者会見で投げかけた疑問は、「理事長・執行部の恣意的な運営を是とするのか」、それとも「芸術家を尊重し、開かれた議論の展開される劇場を是とするのか」という問いかけでもありました。
 これに対して、理事長・執行部から未だに具体的な説明や反論がなされない以上、私たちは、理事長と執行部が、説明もできず、反論もできないのだと結論づけざるを得ません。それを黙認する理事会も著しく自己検証能力に欠けることは明らかであり、このような執行部・理事会に新国立劇場の未来を託すことに、私たちは大きな不安を感じます。

 財団の5月7日付告知は「参考」として、ある理事の意見を引用しています。「演劇は公のお金で支援されるものですが、それを得る努力は演劇人の側がしなければならない」「芸術監督は進んで官僚を味方につけるべき」というその主旨は、2001年に公布・施行された「文化芸術振興基本法」の理念に逆行するものではないでしょうか。
「文化芸術振興基本法」は、文化芸術が人間に多くの恵沢をもたらすものとして、その振興に基本理念を定め、文化芸術活動を行う者の自主性、創造性が十分に尊重され、その地位の向上がはかられ、その能力が十分に発揮されるように考慮されなければならないと総則に明記しています。新国立劇場の発足時に、まだ同法は制定されていませんでしたが、公益財団法人への移行を予定する新国立劇場運営財団は、それに伴う定款、内部規程の見直しを迫られています。この機会に、財団は同法の理念を定款、内部規程に反映させ、また、より透明性の高い組織として運営の改善をはかるべきです。

 特に、新国立劇場の根幹を成す芸術監督制度には、さらに検討が加えられるべきでしょう。その任期、その権限、その選考方法などについて、財団は芸術家、識者と広く意見交換を行い、共に考察を深めるべき時を迎えているのではないでしょうか。
 私たちは、新国立劇場運営財団が、次期芸術監督予定者選定にあたって事実をねじ曲げ、情報操作したことと、今回のような事態を招いたその後の対応を、許すことはできません。あらためて、新国立劇場運営財団に対して、釈明と謝罪を要求します。
新国立劇場が自省、再生できる組織であることを私たちは切に願っています。

2009年6月19日

賛同連名(6月18日現在)
井上ひさし 大笹吉雄 木村光一 ケラリーノ・サンドロヴィッチ 鴻上尚史 坂手洋二 篠原久美子 島次郎 扇田昭彦 永井愛 西堂行人 蜷川幸雄 ペーター・ゲスナー 別役実 マキノノゾミ 松岡和子 松本修 横内謙介 流山児祥 渡辺えり
日本劇作家協会 日本演出者協会 国際演劇評論家協会日本センター