シアター・クリティック・ナウ’06 【シンポジウム】「都市と演劇 東京vsベルリン」

国際演劇評論家協会日本センター主催
シアター・クリティック・ナウ’06
【シンポジウム】「都市と演劇 東京vsベルリン」
主催=国際演劇評論家協会(AICT)日本センター
協力=財団法人せたがや文化財団

2005/06年「ドイツ年」にベルリンから来日した劇団&カンパニーは、日本の演
劇・ダンスシーンに大きなインパクトを与えました。国際演劇評論家協会日本セン
ターが毎年行っている「シアター・クリティック・ナウ」では、今年はベルリンと東京という二つの都市を取り上げ、両都市の歴史性と同時代性をテーマに、舞台表現のアクチュアリティを考えるシンポジウムを開催します。パネリストには演出家太田省吾氏、写真家宮本隆司氏、ドイツ演劇研究者谷川道子氏、AICT受賞者新野守
広氏を招き、演劇評論家西堂行人氏が司会を担当します。皆様ふるってご参加ください。

日時=2006年11月12日(日) 夜6時30分より
パネリスト
太田省吾(演出家)
宮本隆司(写真家)
谷川道子(ドイツ演劇)
新野守広(AICT賞受賞者)
司会 西堂行人(演劇評論家)

当日はシンポジウムに先立って、夜6時30分よりAICT賞授賞式、およびシアターアーツ賞授賞式を開催します。
会場=シアター・トラム
料金=500円

問い合わせ
国際演劇評論家協会日本センター
03-3985-3643(Faxのみ)

act10号

●巻頭言
永田靖 旅の演劇
●劇評
市川明 『ど』/ 黒テント——ティーカップの湯気から浮かび上がる政治の季節—
正木喜勝 狂気と挫折の牧歌劇-兵庫県立ピッコロ劇団『ほらんばか』-
藤原央登 誰もが身近な問題の文化-劇団太陽族『だけど、ほらごらん』
星野明彦 温泉町にある芝居小屋から—「八千代座」での歌舞伎
●関西ダンス時評
中西理 踊らない踊り-維新派「ナツノトビラ」
●時評・発言
赤井朋子 ソウルにおける研究会と交流会
小田中章浩 演劇研究の規範と批評との関係
堀江ひろゆき ブレヒト没後50年。ドイツ演劇祭に結集した若い力
●演劇書評
瀬戸宏 新屋英子『女優新屋英子 私の履歴書』
編集後記

 

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シアター・カフェ 舞台を語る6「寺山修司を語る」開催

今年、生誕70年、23回忌を迎える寺山修司の存在は、今なお現代演劇にとって大きな問いである。実験演劇を志向し、「生涯、前衛でありたい」と切望した寺山の志は、どう引き継がれているのか。寺山亡き後の演劇界は「実験」も「前衛」も空洞化し、彼にとって代わる存在は今のところ登場していない。
現在の視点から60〜80年代に活動した寺山修司と「天井桟敷」の仕事を検証する。ゲストには長年寺山修司と共同作業を務めた九条今日子さんを迎え、いまだ語られていないエピソードを紹介する。

日時=7月28日(金)19:00〜 場所=江古田ストアハウス4F稽古場
料金=¥1.000 ゲスト=九条今日子 聞き手=西堂行人

【寺山修司】 1935年青森生まれ。早稲田大学入学後に上京。ネフローゼを患い、生死の淵をさまよう。高校時代に短歌で出発し、後にシナリオライター、エッセイスト、映画監督などを経て、1967年に演劇実験室・天井桟敷を結成。本格的な演劇活動を開始する。『疫病流行記』『奴婢訓』『レミング』など実験劇から市街劇、書簡演劇などありとあらゆるジャンルを横断した。海外公演も多く、日本の演劇人として世界でも多大な影響を与えた。1983年没。

【天井桟敷】1967年、寺山修司、九条映子(現・今日子)、横尾忠則、萩原朔美、東由多加らと結成。『青森県のせむし男』で旗揚げ。その後、『大山デブ子の犯罪』『毛皮のマリー』などで一躍スキャンダラスな存在としてアングラ演劇の一翼を担う。『書を捨てよ町へ出よう』ではドキュメント的な手法を用い、実験的な活動を繰り広げ、市街劇『ノック』は本当に警察沙汰になった。83年に寺山修司の死とともに解散。

act9号

●巻頭言
永田靖 ソウルで考えたこと
●劇評
中西理 Noism06 (金森穣)「sense-datum』
原石の煌きを感じた金森の新作一関西ダンス時評
星野明彦 観客発のプロデュース公演
— H i R o B aプロジェクト「豚とオートバイ』-
瀬戸宏 北京で観た流山児★事務所「ハイ・ライフ」
●クロス劇評
柳井愛一 うまくまとまり過ぎた、失策に関する物語
-A級ミッシングリンク「決定的な失策に補償などありはしない」
正木喜勝 演劇をとおして演劇を考える
-A級MissingLink「決定的な失策に補償などありはしない」
●時評・発言
太田耕人 シェイクスピアの占有と現代劇
イズミヤリュウヘイ 川の流れを見つめて
〜ある劇団と、映画「あかりの里』の関係について〜
河東けい 岩田直二さんの思い出
●編集後記

 

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【発表】批評家が選ぶベスト舞台/ベスト・アーティスト2005

【発表】批評家が選ぶベスト舞台/ベスト・アーティスト2005
(得点/人数)
※AICT(国際演劇評論家協会)日本センター所属の演劇評論家によるアンケートより。各人5本の作品を順位をつけて挙げ、1位=5点、2位=4点、3
位=3点、4位=2点、5位=1点で集計。なお、「順位なし」とした場合は各3点とした。ベスト・アーティストは各人3人を選出し、それを1点として集計。詳細はシアターアーツ06春号にて。

★ベスト舞台
1位『歌わせたい男たち』二兎社 65/20
(作・演出=永井愛)ベニサン・ピット
2位『屋上庭園/動員挿話』新国立劇場 19/7
(作=岸田國士、演出=宮田慶子[屋上庭園]・深津篤史[動員挿話])
3位『天保十二年のシェイクスピア』 18/5
(作=井上ひさし、演出=蜷川幸雄)シアターコクーン

4位『幻に心もそぞろ狂おしのわれら将門』 15/5
(作=清水邦夫、演出=蜷川幸雄)シアターコクーン
4位『アルトゥロ・ウイの興隆』ベルリナー・アンサンブル
(作=B・ブレヒト、演出=ハイナー・ミュラー)新国立劇場 15/4
6位『ブラウニング・バージョン』自転車キンクリートSTORE 14/5
(作=テレンス・ラティガン、演出=鈴木裕美)俳優座劇場
6位『NINAGAWA十二夜』 14/4
(作=シェイクスピア、演出=蜷川幸雄)歌舞伎座
8位『LAST SHOW』(作・演出=長塚圭史)パルコ劇場 12/4
9位『廃車長屋の異人さん』(演出=鈴木忠志)静岡芸術劇場 11/3
9位『春、忍び難きを』(作・演出=佐藤信)劇団俳優座 11/3
11位『敦 山月記・名人伝』(構成・演出=野村萬斎) 10/3
11位『円生と志ん生』こまつ座(作=井上ひさし、演出=鵜山仁) 10/3
11位『メディア』(作=エウリピデス、演出=蜷川幸雄) 10/2
14位『その河をこえて、五月(再演)』、『ノラ』(シャウビューネ)、『火の顔』(同上) 9
17位『城』(新国立劇場)、『d’avant』(シャウビューネ)            8

★ベスト・アーティスト
1位 蜷川幸雄(演出家) 14
2位 坂手洋二(劇作家・演出家) 5
2位 長塚圭史(劇作家・演出家・俳優) 5
2位 井上ひさし(劇作家) 5
5位 永井愛 唐十郎 金森穣  3

act8号

●巻頭言
九鬼葉子 挑発的な問題提起を受けて[II]
●劇評
太田耕人 サブテクストを活かす
一深津篤史・演出『動員挿話』-
市川 明 『ダモイ』(帰還)
一友情が運んだ遺書-
松本和也 斬新な舞台表現、あるいは実験劇の臨界
一地点[Jericho]・『沈黙と光』-
中西理 個性の同時多発的展開
一KIKIKIKIKIKI 『プロポーズ』-
星野明彦 福岡女性劇団の暴挙
–座’・K2T3 『カズオ』-
●時評・発言
藤井康生 ドラマチック演劇の復権
菊川徳之助 演劇の教育と俳優の養成(7)
瀬戸宏 第33回大阪新劇フェスティバルから感じたこと
●演劇書評
林公子 戦後関西歌舞伎史
一権藤芳一『上方歌舞伎の風景」-
●雑報

 

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act7号

●巻頭言
九鬼葉子 挑発的な問題提起を受けて?
●劇評
市川 明  死のフーガ-『釈迦内柩唄』(しゃかないひつぎうた)-
柳井愛一 ペットボトルに思い出を詰めて鴉は空を舞う
-浪花グランドロマン『激情都市〜Song of Brds〜』-
正木喜勝 遊女・宮城野はどうあるべきか
-「宮城野プロデュース」の上演をみて-
松本和也 シャドウ・ベースボールとしての会話劇
一桃園会『paradise lost,lost 〜うちやまつり後日譚』
中西理  千日前青空ダンス倶楽部『夏の器 総集編』
●時評・発言
瀬戸宏  劇団大阪の『スピリッツ・プレイ』から考えたこと
椋平淳  「地域」演劇の地平
松尾忠雄 追悼 秋浜悟史先生の魅力一舞台人としての魅力
●海外演劇紹介
根岸理子 ロンドンの舞台- 『メアリー・スチュワート』-
●編集後記

 

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シアタークリティック・ナウ’05「演劇史の再考 田中千禾夫をめぐって」

シアタークリティック・ナウ’05

シンポジウム「演劇史の再考 田中千禾夫をめぐって」

2005年10月30日(日)夜6時30分開始
世田谷パブリックシアター・シアタートラム 料金 500円

本年度の第10回FAICT賞」受賞作品『祈りの懸け橋一評伝田中千禾夫』をめぐって、「演劇史の再考」をテーマにシンポジウムを開催します。著者の石澤秀二氏は、AICT前々会長であり、演出家としても活躍されていますが、演劇雑誌「新劇」の編集長も長年務められてきました。この著書の中には、そうした著者の多様な活動範囲が包み込まれています。
そこでこのシンポジウムでは、劇作家田中干禾夫に言及するとともに、彼を取り巻く近代演劇の巨人たちならびに近代演劇史についても言及したいと思います。

パネリスト石澤秀二(受賞者)
別役 実(劇作家)
渡辺美佐子(女優)
今村忠純(大妻女子大学教授・日本近代文学)
司  会 西堂行人(演劇評論家)

田中千禾夫(劇作家1905〜1995長崎生まれ1937年の文学座の創立に参加し、51年から俳優座。55年、『教育』ほかで読売文学賞受賞。59年『マリアの首』で芸術選奨受賞。66年より桐朋学園大学教授。代表作に『雲の涯』、『教育」、『千鳥』、『肥前風土記』、『おふくろ』、『三ちゃんと梨枝』ほか。

受賞者=石澤秀二 演劇評論・演出家。19.30年生。早大大学院演劇専攻修士課程終了。「新劇」編集長・桐朋学園短大演劇科教授・日本演劇学会理事・青年座文芸部長・日本演出者協会一理市長・AICT日本センター会長・BeSeTo演劇祭日本委員会会長・日韓演劇交流センター初代会長を歴任。現在は(財)舞台芸術財団演劇人会議理事・BeSeTo演劇祭日本委員会顧問。青年座文芸部に所属。

主催=国際演劇評論家協会(AICT)日本センター
財団法人せたがや文化財団
協力 世田谷パブリックシアター
問い合わせ= 090-2633-4258 (担当:川口)

第一部 午後六時半
第10回AICT賞受賞式
受賞作
石澤秀二『祈りの懸け橋-評伝田中千禾夫』

第9回シアターアーツ賞受賞式
受賞作
塚本知佳「『処女』の喪失と維持-『終わりよければすべてよし』におけるセクシュアリティの力学」
佳作
長岡彩子「何が歌舞伎か-串田版と野田版の『夏祭浪花鑑』
森井フスミ「救済という絶望-サラ・ケイン『渇望』を中心に

第二部 午後七時半
記念シンポジウム「演劇史の再考-田中千禾夫をめぐって」

IATCシンポジウム・プレゼンテーションのご案内

■巻頭言
統計に憂える
太田耕人
『演劇年鑑2005』に、地域別に2004年の上演回数が整理されている。際立つのは全国の上演回数30620のうち、東京が20,674(67.5%)を占めていることだ。
いや、東京の一人勝ちはつとに知られたことではある。ただしここ数年、東京への一極集中がさらに加速している。2002年の66.2%から1.3%伸び、実数では2000回近くも上演回数が増えた。東京から地方への巡演(歌舞伎・ミュージカル・商業演劇)も、1191(4.2%)→1709(5.6%)と増加している。

それに比して、大阪・京都は凋落し、2年前の上演回数を大きく割り込んだ。大阪が3,790(13.4%)→3,082(10.1%)、京都は716(2.5%)→566(1.8%)。かたや全国での総上演回数は、28262(02年)から30620(04年)へと伸びているのだ。
ちなみに分野別では、小劇場を中心とした現代演劇が、圧倒的に多い。2004年の上演回数は、現代演劇21,540(70.4%)、商業演劇3,914(12.8%)、ミュージカル3,000(9.8%)、歌舞伎1,758(5.7%)、文楽408(1.3%)。

ところが地域と分野を総合すると、喜んではいられない結果がでてくる。たしかに東京では、他のジャンル(歌舞伎・文楽・商業演劇)を合計した約4倍の上演回数を、現代演劇は誇っている。しかし大阪・京都では、現代演劇はその他のジャンルの総計とほぼ同数しか上演されていない。この数字をみるかぎり、関西は東京ほど現代演劇が盛んでないことになる。
関西の現代演劇の芸術的レベルが低くないことは誰の眼にもあきらかだろう。しかしメディアとの連携、ロングラン公演への取組みなど、観客のほうを向いた努力は大きく立ち後れている。人気タレントの客演があってもよいし、小劇場の劇作家や俳優をもっとTVや映画に積極的に売り込んでもよい。

タレントを客演させてまで観客動員はいりません、と頑なに考えるのは、あえて挑発的にいえば、クラブ活動の延長にすぎない。そう思う人がいるのは分る(じつはそうした人をわたしは愛する)が、劇団の主宰や制作はそれではいけないのではないか。芸術的成功も興行的成功も実現するのが、かれらの仕事のはずである。そういう人材が輩出しなければ、関西演劇の活性化はむずかしい。
OMSをはじめ数々の劇場の閉鎖は、私たちを打ちのめしそうになった。難解でも優れていれば、観客が集るというのは幻想だった。そして観客が来なければ、確実に演劇は衰退する。この現実を直視することが、いま必要ではないだろうか。
(おおた・こうじん/演劇批評家・京都教育大学教授)

■劇評
●迷子と唄-新国立劇場制作『その河をこえて、五月』
出口逸平

芝居のちょうど中程、在日韓国人の朴高男は「なんか変だな、今日は」と、恋人につぶやく。「みんな迷子になって、探しまわってるでしょ」。たしかに桜満開のこのソウル漢江沿いの公園には、迷子が数多く出没する。老母クッダンは次男夫婦にはぐれ、語学学校の仲間にいびられた林田は不意に姿を消し、新婚旅行中に奥さんに置いてけぼりを食った観光客桜井は助けを求めてあらわれ、果ては迷子探しのアナウンスが何度も流されるといった具合に。
さらにここでは迷子が、「自分がだれだか、わからなくなっちゃった」アイデンティティ-の動揺という比喩的な意味を帯びて描かれる。たとえば日本と韓国の狭間にいる在日韓国人、学校になじめず韓国にまで「逃避」してきた青年、韓国を捨てカナダに移住する次男夫婦、そしてそれを知ったクッダンの次のような嘆きが「迷子」の広がりを示している。

クッダン この嫁の赤ん坊が大きくなるころには、どこの国の人間かなんて、悩まな くなるの?
佐々木 さぁ、どうなんでしょう?
クッダン だって、そうしたら、うちの孫は、何人になるの?(略)私は、日本人だ って言われたよ、国民学校に入ったら、おまえは朝鮮人だけど、皇国臣民だから、 一生懸命勉強して、立派な日本人になれって言われたよ…。その言葉の意味がね、 よく判らなかった。だって、私は朝鮮人だもの。

これを日本批判の文脈だけで読むのは正しくないだろう。事情は異なれ、「迷子」の状況はいまや日韓共通の課題なのだから。
しかも迷子であることが、哀しくつらい体験だとは限らない。むしろはぐれることによって新たな出会いが生まれる。たとえばクッダンは韓国生まれの主婦佐々木を知り、「私と思い出が同じ」と「昔のお友達」のように語り合う。これは本作のもうひとつのテーマ、コミュニケーションの問題に通じている。もちろんそれも「異文化交流」などという題目通りには進まない。

林田 (韓)韓国語、好きです。面白いです。
クッダン (韓)面白い? (日)私は、日本語、面白くなかったよ。(略)
佐々木 面白い、好き。ごめんなさい。でも、面白い。

こうして語学学校の日本人たちと韓国人家族とは、日本語と韓国語の飛び交う中で行き違いやいさかいを繰り返しながら、互いの距離を少し縮める。そのコミュニケーションの手段は、必ずしも会話とは限らない。たとえばクッダンの唄う「浜辺の歌」。思えば『ソウル市民1919』(2000年)の「霧の滴」や「東京節」、『上野動物園再々々襲撃』(2001年)の「月の砂漠」のように、最近の平田オリザはじつに印象的に「唄」を用いている。ここでも「唄」は理解というより共感の想いで、佐々木たち、そして観客を包み込む。このような反発と理解・共感のプロセスをさりげなく、しかも周到に構成した台本のバランス感覚はやはり見事というほかはない。次男の嫁がクッダンに語る「木には根っ子があって、太い幹があって、枝が伸びれば空にも出会い、風にも出会う」の台詞は、まさにアイデンティティ(根・幹)とコミュニケーション(空・風)という2つのテーマの融合を物語る「名文句」だろう。

この「問題劇らしからぬ問題劇」の教科書的まっとうさに、物足りなさを感じない訳ではない。しかし本作は、作品のテーマがそのまま共同執筆、キャスト・スタッフでの共演、共同演出、日韓上演という形で実践されるという、稀有な演劇的事件であった。その意義と成果は十分に賞賛に値する。クッダン役の白星姫の凛としたたたずまいと、佐々木役の三田和代の受けの演技は対を成して、アンサンブルの核となっていた。照明(小笠原純)も風や雲のゆるやかな流れを感じさせた。 <戯曲の引用は「悲劇喜劇」2005年7月号による>
作=平田オリザ/金明和  演出=李炳2006-03-01 02:01:22″

act6号

●巻頭言
太田耕人 統計に憂える
●劇評
出口逸平  迷子と唄一新国立劇場制作『その河をこえて、五月』-
中西理   永遠なる未完成に向かって-CRUSTACEAの「GARDEN.——
イズミヤリュウヘイ 演劇村からの脱出のために-「LONG MAY YOU RUN. –
市川明   『新編・吾輩は猫である』
一三つのディメンションが織りなす男と女の世界一
星野明彦  博多のど真ん中にある小劇場から
●時評・発言
菊川徳之助 演劇の教育と俳優の養成(6)
●海外演劇紹介
根岸理子 ロンドンの舞台Kneehigh Theatre 「トリスタンとイゾルデ」
●演劇書評
瀬戸宏 宮川龍太郎著『近鉄劇場終演まで』を読む
永田靖 瀬戸宏著『中国話劇成立史研究』(東方書店)
●編集後記